音楽は終わコン



「もう音楽では食えない!」相次ぐ中堅グループの休止・解散劇
(日刊サイゾー)
「もう音楽では食えない!」相次ぐ中堅グループの休止・解散劇|日刊サイゾー


CDなどの媒体を通じて音楽を販売するっていう「ビジネス」はもうおしまいなんじゃないかと思ってます.言うまでもなく,すべてが一斉に無くなるとは申しませんが,この1,2年で急速にしぼんで行くのではないかと予想しています.


終わコンの説明にはこちらのサイトの言い回しを借用します.


「『終わコン』 とは、『終わったコンテンツ』 という意味です。 『終わったコンテンツ』 とは、人気や需要がなくなり、商品価値のなくなったコンテンツ (もっぱら娯楽のための映像や音楽、画像や文章) だという意味になります。

オワコン/ 終わコン/ 終わったコンテンツ/ 同人用語の基礎知識
(同人用語の基礎知識)


ニュースにもなったので記憶に新しい方もいらっしゃると思いますが,昨年のCDの売り上げのトップ10は,AKB48と嵐の二組だけです(シングル盤).


念のためトップ10を書き出してみましょう.


01位 AKB48:「Beginner」
02位 AKB48:「ヘビーローテーション
03位 嵐:「Troublemaker」
04位 嵐:「Monster」
05位 AKB48:「ポニーテールとシュシュ
06位 嵐:「果てない空
07位 嵐:「Love Rainbow
08位 AKB48:「チャンスの順番
09位 嵐:「Dear Snow
10位 嵐:「To be free

http://ja.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD


なに,この先だって,14位 坂本冬美:「また君に恋してる/アジアの海賊」まではAKBとジャニーズで占められています.


これを,「昨年はAKB48と嵐が活躍したね」って言うのはいささか早計であって,シングル盤は三年連続ミリオンセラーが出てない,アルバムも辛うじて1作だけミリオンで出典となったウィキペディアによれば「年間ミリオンセラーアルバムが3作を割ったのは、1989年以来21年ぶり」と書かれています.


これらの資料からわかるように,CDの売り上げそのものが減っています.それでは,ダウンロード販売がって言いますが,CDの売り上げを補うほどの量はないでしょう.なにより,以前であれば抱き合わせ販売として成立したアルバムという方式が,ダウンロード販売ではバラ売りになることで,一曲あたりの単価が同じであったとしても「いらない曲」を買わずに済ませる事で売り上げの減少につながります.もちろん,在庫が無い等のメリットはあるのでしょうが.


何が言いたいのか?


ようは,CDなどの音楽(ビジネス)そのものが,既に終わったコンテンツ,終わコンなんじゃないのって事です.ようは,音楽には「商売になるコンテンツとしての価値」がなくなったと言い換えてもいいでしょう.


ここでは「音楽そのもの」が終わったというつもりはありません.終わったのは「音楽ビジネス」の方です.(CDしかつくってない)レコード会社,販売店,音楽雑誌,FM局,テレビの音楽番組その他もろもろの,「音楽業界」にいながら音楽を製作しない層が(ほぼ)いらなくなったんじゃないのと主張したいだけです.


1877年のエジソンによる蓄音機の発明,1989年,ベルリナーによる円盤式レコードの発明以来100有余年あまりの蓄積があるんで,音楽はあふれています.


身近なプロミュージシャンに話を聞いても,2011年のボーカリスト,楽器奏者,作詞,作曲,アレンジメント,録音などの直接音楽制作にかかわる人そのものの需要も減ってるそうです.


もっとも,これを悲しみ昔を懐かしむ人は,ひとりリスニングルームにこもってこれまでに買い集めた既におおかたは故人となったミュージシャン,アーチストの残したレコードを死ぬまで聴いていればいいんです.一生に有り余る優秀な録音が残されています.


幸い,音楽を製作するために必要な機材の値段は,十数年前に億単位の予算を要求した機材が,10万円のパソコンと5万円のソフトウェアと1万円程度の周辺機器だけで実現します.既にアマチュア楽家であって,自らの演奏や歌唱を世に問いたい人はわずか十数万円とネットワークへの接続だけで,世界に向けてその作品を配信できます.もちろん,課金等の仕組みはまだ十分にできてはいませんけどね.


あまつさえ,十年前には絵空事,もしくは(効果音の一種ではなく)歌として聴くに耐えないレベルのものしかなかった「歌声」の合成が一万円台のソフトウェアで実現できます.これらを用いて,ニコニコ動画を中心とした○○Pと呼ばれる素人製作者たちが,日夜大量の「作品」を「無償」でリリースしています.


ようは,「再生可能な音楽」は,既に無料になった,もしくは,「無料の音楽」との比較を避けることはできなくなりました.


今一度,この「終わコン」という表現を繰り返しますが,既に音楽は「有償のコンテンツ」としての役目を終えようとしているのじゃないかと思います.これまでは,十把一絡げに「レコードデビュー」して,プロミュージシャンという基本形がありましたが,今後は,従来の形でのプロミュージシャンは極めて限られた層にだけアピールする,カルトヒーローやカルトクイーンとしてのみ存在しえるのではないでしょうか?


考えてみてもください,AKB48,嵐,昨年のベストヒットの中でどれほど自分が知っている曲があるでしょう.ようは,今のCDセールス,「音楽の複製物」の販売を基本にした音楽ビジネスは,毎年東京ビッグサイトで開催されているコミックマーケット,通称コミケでやりとりされている「同人誌」と大差ないくらいに,ピンポイントにしか売れていないんです.同人作家の多くが,事務所などを経由せずに直接販売をするように,音楽家も「音楽の複製物」を売って生業としようとすれば,中間で制作にかかわらない層を回避して,iTunes storeや,対面販売などのこれまでと異なる流通経路を模索するほうが賢明でしょう.


「音楽の複製物」なんてもってまわった言い方をしているのは,そうでないエジソン以前の音楽,エジソン以前にも自動演奏楽器などもありましたが,実際に演奏する音楽,コンテンツでない音楽ってのは,(市場規模を小さくすることで)存続していく可能性が残っていると思っているからです.


自身は,アリーナでのコンサート等が大嫌いですが,特定のミュージシャンは,毎回5万人のアリーナを満杯にしています.チケットを5000円と見積もっても,5万人いれば一回で250,000,000の売り上げがあり,さらにグッズ類の販売を加えれば膨大な金額が一夜で動きます.


一方に殿上人のようなミュージシャンがいて,その一方に,駅前あたりで路上で練習してるのかと思うくらいにへたくそなストリートミュージシャンもいます.彼らの多くは,いまだに旧態依然として「メジャーデビュー」を模索しているのでしょうが,そんな「終わったゲーム」に参加するよりはプロのストリートパフォーマーを目指す方が賢明でしょう.


2007年の都知事選の政見放送で広く知られるようになった外山恒一氏は,日頃ストリートミュージシャンとして生計を立て,福岡に「革命家養成塾」という私塾を開いています.もちろん,文筆業他の収入もありますが,昨年,大阪で氏と杯を交えた時に伺ったのは,主たる収入はストリートミュージシャンとしてであると伺いました.
我々団


音楽は,空気の振動として鼓膜に届き脳で受容されます.音楽の振動を何らかの形で媒体化した複製物が音楽であるという刷り込みが徹底してますが,振動が本質である音楽そのものを手のひらの中に留めておくことは誰にもできません.


昔のラジカセは「再生」と書いたボタンを押すと,テープに録音された音楽が流れ出しました.これは,「衰え、または死にかかっていたものが生き返ること。」という意味での再生ではなく,英語のplaybackの「訳語」です.


死にかけの「音楽産業」や「複製物」,「媒体」を無理やり蘇生させようとじたばたするよりも,古い皮袋に見切りをつけてそろそろ音楽のplaybackよりも,playの方を重視してはどうでしょうか?


コンテンツとしての「音楽産業」に見切りをつけて,いまその場に居合わせないと受け取れない音楽にもう一度焦点をあてることで,状況は違ってくるのではないかと夢想しています.