たかが年上というだけで



http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2012/04/post_1670.html
イラっとした新入社員の言動




春になり、新入社員の姿を目にすることも多くなってきました。社会人として第一歩を踏み出す彼らを見ながら、初々しいなぁと思う反面、正直新入社員の気持ちがわからない、もっとこうしてほしいなど社会人の先輩として物申したいこともあるはず。そこで、マイナビニュース会員1,000人に「新入社員に腹が立ったことはあるか」アンケートをしました。

いろいろ回り道してきたせいか,年少者が「先輩」って場面にも慣れっこになってるので,この手の話で腹が立つ頻度は他人よりは少ないと思っている.もちろん,それでも腹の立つ事が無いではないが,場の空気を読み解く力の無い相手に憤ってみても血圧が上がるだけだ.


ここで言う「新入社員」が社会通念や常識を知らないであろうという推定はおそらく正しい.「個性」が尊重されて,「オンリーワン」,「お客様」,「消費者」として学校に通っていた時期から,いきなり「社会」に「労働力」として放り出されたのだから,まだまだ環境に適応できていないのだろう.齢二十年かそこいらで(主に親が)お金を払う側と,お金をもらう側の立場が逆転したのだ,そりゃ違和感もあるだろう.今のご時世,「即戦力」を求めながら給与は新入社員のままだ,そんな都合のいい「新入社員」があなたの職場に入ってくる訳がない.いまどきの新入社員といまどきの会社(人事や給与体系は),狐と狸の化かしあいみたいなもんで,どっちもどっちだ.


それはともかく,年をとった「他人を敬う」のはいい.経験を積んだ立派な人を敬うのはもちろんだが,むしろ,年長で面倒な人は敬して遠ざけく事で,最小限の敬意を払ったことになる.宴席では上座に案内するとか,挨拶や乾杯の発声をお願いするなど,顔や名前は出るが誰でもいいところを重点的に割り振るのがいちばんいい.触らぬ神に…と同じことだ.年長者を上に置くのを基本に据えて考えた方が世の中いらぬ摩擦を防げる.高い代償を払って,摩擦の果てにすり減ってたどり着いた結論だ.


何が言いたいかというと,ただ年上なくらいで「自分がえらい」と思うのにどれほどの裏付けがあるのだろうか.飯を食って寝て起きてを繰り返せば誰でも年は取る.加齢は誰にも訪れるが,成長は努力に応じるように感じている.


電車や公共の場で聞き耳を立てればバカもバカなりの敬語を使う.バカもバカグループの中の上下には敏感で,その関係性と言うのは一度確立すると容易には変化しない.世間一般の敬語からすると噴飯ものではあるが,バカなりに尊敬や謙譲の念が言葉に反映される.「〜っすよ」のように自らへの軽い侮蔑後すらあり,一見すると犬より語彙は豊富にみえる.


バカ敬語からの派生で比較的有名なのは,「こちら○○になります(変わるのか?)」や「○○で、よろしかったでしょうか(あまりよろしくは無い)」等の通称バイト敬語ってのが存在する.直接に金のやり取りがある場面においてあまり考えないでも使える敬語体系だ.「新入社員」の仕事や「先輩」とのやり取りの多くは,直接に金銭授受を伴わないものが多いだろう.それゆえ彼らは,それが抽象化されているがゆえに,お金のやり取りにつながっているという認識がない.言葉として「わかっている」と言っていても,真に受けない方がいい.


ようは彼らは外国人なのだ,外国人がたどたどしい日本語をしゃべってると思えば,些細なミスよりもよく日本語しゃべってるなぁと感心するだろうし,彼らが言葉にできない行間をくみ取ろうと努力もするだろう.それと同じ事だ.ここに取り上げられているような「新入社員」に腹を立てる人は,彼らが自分と同じ人間だと思うから腹が立つのだろう.むしろ,腹が立つというのは,彼らと自分との距離が近い,むしろ彼らに過去の物知らずな自分を投影するからこそ憤るのだという説明は成り立たないだろうか?


嘘か真は知らねども,ピラミッドの創建時の落書きにも「今時の若い者は…」というボヤキがあるとか無いとか.


バカな子に教えるであれば,抽象度の高い話はいけない.A社と取引のあるB社の社員C君に敬語が必要な理由を教えるであれば,C君の給料はB社から得ている事を理解させなくてはならない.バイトと違いレジを開けて直接お金をやりとりしている訳ではないが,金銭授受があることを理解させれば,B社との間に敬語という特有のプロトコルがある事があり,それを尊重する事が自分の利益につながることもわかるだろう.同じA社の先輩社員からノウハウを得るのであれば,その対価として敬意を払う必要がある事を噛んで含めるように説明しない限り彼らはその必要性を見出すことはない.


「そんな事は知っていて当然だ」と思うのは,新入社員ならざるあなたの側の勝手であり,相手が外国人であればいちいち玄関で靴を脱ぐことを教えなければならない.知らないことをなじったり,ぼやいたりしているあなたも(程度の差こそあれやはり)バカだと考えた事は無いだろうか?


そして,バカの特徴はいちどおぼえた関係性はかなり長く持続するという美点もある.OSの入っていないマシンにアプリケーションを導入しても意味がないのだ.そして,総論がわかれば各論を接ぎ木していけばいい.


「自分がえらい」を相手に納得させる努力なしに,「年長者だから敬え」と宇宙人みたいなやつらに求めるのは費用対効果の上で好ましくないだろう.そして,それが面倒ならあきらめてしまうことだ.世の中には自分からみて理不尽だと思う事はいくらもある.理不尽ノートに一行書き足すだけでいい.「今時の若者は…」






余談だが,関西人が,「よそもん」の関西弁うんぬんというのも,「よそもん」を同胞だと思っているから腹を立てるのだろう.一見すると同じような顔をしているが,違う文化圏から来ているんだ.自分たちと同じような顔をしていて,自分たちに似た言葉をしゃべると思うから違和感や相違点ばかりが気になる.異質な相手が,自分たちの言語とおぼしきものをどうにかしゃべろうとしていると思えば,積極的に共有点を探るだろう.オマリーがCMで,「ハンシンデンシャガ、イチバンヤー!」というのに腹を立てる関西人はさほど多くはないように感じる?正調関西人は,非関西人を外国人だと思えば「えせ関西弁」に腹も立たないと思うんだけど?どうかな?