KORG MS-20 mini 技術の遷宮



コルグの名機MS-20をミニ・サイズで復刻!当時の回路を完全再現した本物のアナログ・シンセ「MS-20 mini」
コルグの名機MS-20をミニ・サイズで復刻!当時の回路を完全再現した本物のアナログ・シンセ「MS-20 mini」 | BARKS


奇しくも今年は,二十年に一度の伊勢神宮遷宮が行われる年ですが,その年にKORGは国産シンセサイザーの黎明期のエポックメイキングとも言えるMS-20を現代の技術で復刻したMS-20 miniを発表した.


昨今流行りのコンピュータによるシミュレーションではなく,回路を起こして絶版部品に関してはエンジニアが選定して,2013年に国内メーカーからアナログシンセサイザーがリリースされたのは偉業としてたたえてもいい.


何年も前から,ものづくりの現場では労働者の高齢化による退職による技術の継承の危機が叫ばれていた.日本の生産技術は機械が粛々とものをつくりだすばかりでなく,その機械をつくる金型や,生産ラインの設計等々随所に独自の工夫がちりばめられている.こうした技術が,職人の引退とともに失われるような事があってはならんと,製造業に携わる会社は大手を筆頭に技術の継承に気を配っている.


こうした中,KORGが,アナログシンセサイザーを,当時の技術者を集めて再度作ろうってのは,同社の若いエンジニアにとって,ひいては日本の,いや,世界のミュージシャンにとってどれほど意義があることだろうか.


KORGMS-20 miniの特設サイトの動画をみてこの老練なエンジニアが笑顔で話すのを見ていて,楽しかったんだろうなと思うし,更には画面には登場していない若手エンジニアたちにとって,言葉や図面だけでは伝えられない貴重な技術の継承だったんだろうなと思う.


MS-20 mini - MONOPHONIC SYNTHESIZER | KORG (Japan)

伊勢の式年遷宮は二十年に一度,社殿や橋などを一斉に作り変える.宗教的な意義には諸説あるが,世代交代の前に一緒に作業をする事による技術の継承の意義はたとえようも無く大きい.


日本は,最古の木造建築である法隆寺と,それ以前の建築様式の構成技術を1300年にわたって継承しているという,ものとことの二つの偉大な歴史遺産をもっている.更には,比叡山延暦寺に1200年伝わる不滅の法明のような心の文化をも引き継いでいる.更には,世界最古の企業,金剛組は今なお大阪市天王寺区四天王寺に現存している.


国威掲揚を訴えたいのではない.仏教は百済から伝来しているし,金剛組の始祖は百済の人だ.当時の先進文化圏から招いた偉大な先達があればこそ,日本は高い文化水準を築けた.こうした文化を千年以上にわたって涵養し,本国から消え去った文化を今なお継承している事が日本人としての誇りだろう.


そろそろ広げすぎた風呂敷を畳みにかかるが,シンセサイザーは(他の多くの先端技術と同様),大学の研究室を出て程なく日本でも生産されるようになった.1970年にKORGは日本初のシンセサイザーを完成させ,日本にシンセサイザーの文化を芽吹かせた.


MS-20 miniのご先祖様にあたるMS-20は,1978年に発表された国産アナログシンセサイザーの最も有名な機種の一台だ.そのKORG MS-20を30年以上の時を経て,当時の技術者を招いて,2013年にMS-20 miniを開発した事の意義は大きい.


言うまでもなく,製造コストの高いアナログシンセサイザーが,シンセサイザーの主流になる事はないだろう.多くのデジタルシンセサイザーや,モデリング音源はパソコンやスマホ上で動作する.しかし,そうしたデジタルシンセサイザーのご先祖様の開発過程に参加する事が,未来のKORGにとって重大な技術継承になった事は疑いの余地もない.


もちろん,今日も海外メーカーからも,アナログシンセサイザーが発売され,日本のインディーズ系シンセサイザーも発表されているが,KORGという組織に技術が継承されたことは,個人のエンジニアが技術を持っていることよりも,技術の存続の可能性が高いであろう事に意義がある.


おめでとう,MS-20 mini.この小さなシンセサイザーが,断絶しかけたアナログシンセサイザー技術をこの先何十年も継承するきっかけになることを期待して止まない.