CDが死んで,音楽が残った



1600億円 −音楽業界でまさかの「逆転現象」発生中
PRESIDENT 2013年2月18日号
宮上徳重=文 ライヴ・アート=図版作成
1600億円 -音楽業界でまさかの「逆転現象」発生中 | プレジデントオンライン


この数年来,おそらくは2005年か6年あたりからある日突然音楽を「再生」するのがバカバカしくなって,それ以来ほとんどCDを聴かなくなりました.死んだミュージシャンと一部の例外を除くと(自分から)を聴く事は極まれです.一方,ライブハウスなどを筆頭に,演奏している場には月に二,三度は通っています.


記事では,CDは売上減を続けている一方で,ライブの売り上げが緩やかな上昇に転じていると報じています.


いま音楽業界では「逆転現象」が起こりつつある。右肩下がりの音楽ソフト(CD・DVD等)市場とは逆に、コンサート事業の売り上げが2004年の900億円に対し、11年には1600億円と上がり続けているのだ。



これに対して,CDの売り上げは,1998年が約6000億円で現在は約2000億円と,笑うしかないくらいに急降下を続けています.


かつて,CDを発売し,その売り上げこそが有名ミュージシャンの主たる収入源でした.トップセールスを誇るミュージシャンのライブはCDのプロモーションとしての性格が強く,ライブ単独での収入よりはCDを売るために衆目を集める手段として巨額のお金を注ぎ派手な演出が施されていました.


僕は決して若い方ではないので,CD以前のレコードの時代から音楽を聴いて育ってきました.その頃のレコードは高価なものであり,かつ30センチもある大きなものでした.直径12センチCDが発売された頃は,その手軽さに感動するよりもジャケットが小さく存在感が薄いなと消極的にとらえていましたが,やがて市場からCDは駆逐されて,しぶしぶCDを買うようになりました.


以前なら,屋外ではLPのAB面の時間を計算して,それに見合う分数のカセットテープに録音して,Walkmanなどで元のLPよりは「劣化した」音を聴くのが当たり前でしたが,CDの時代になるとCDそのものをポータブルCDプレーヤーに入れて普通に持ち歩いて聴くようになりました.


御神体,御本尊は家にあり,お守りくらいの位置付けだったカセットテープから,御本尊を気軽に持ち歩くようになりました.


そして,いまやCDのような盤すら存在しない音楽データになり,ポケットに入るスマホ三十三間堂の千手観音像が丸ごと収まります.


仏像を例に引いたあとに不躾ではありますが,希少性と価値とはトレードオフの関係にあります.工業的な価値の高い金はともかく,ダイヤモンドなどの宝石やプラチナ(年間供給量は金の20分の1)が高いのはその希少性故です.


仏像は,自分の家に無く寺まで出向かないと拝む事もかなわない,秘仏なぞは滅多に見る事ができない事によって,仏法を理解しない俗人(僕もその一人)にとっても,有難いものになります.


手軽さってのは,その入り口においては圧倒的な支持を得るでしょうが,実はそのもの自体の価値を損なっているんじゃないでしょうか?


指先一つで再生,停止,先送り自由自在な音楽は,最早傾倒するに値しないものとみなされています.


2012年の音楽CD(シングル)の売り上げの上位20位までには,AKB系列と,ジャニーズしか入っていません.これらは,特定少数の固定客が主たるターゲットで市井の人にとっては,どれもこれもピンとこない代物です.2012年の段階で,CD(シングル)は既に大衆向けではなくマニア向けの商品だと言っても過言ではないでしょう.


2012年のCDシングル年間ランキング(2012年度)
http://www.oricon.co.jp/rank/js/y/2012/


ついでにアルバムを見ていくと,新譜はまばらでベスト盤ばかりです.過去の音源をセット販売している訳だから,そこには演奏するミュージシャンも,歌うボーカリストの仕事もありません.ただ,権利が売り買いされるばかりです.


2012年のCDアルバム年間ランキング(2012年度)
オリコン年間 アルバムランキング 2012年度 | ORICON NEWS


既に,CDに代表される再生音楽は,文字通り過去の遺産で食いつなぐ程に規模を縮小し,新しい何かを生み出すものとして極めて限られた影響力しかもたらさなくなっています.


そんな中,忙しい時間を割いて,コンサートホールやアリーナ,ライブハウスなどに足を向ける人が増えたのは朗報です.音楽がその役目を終えたわけでなく,録音された音楽を商品として売り買いするビジネスが危機に瀕しているだけの話です.


音楽は,突き詰めれば空気の振動に過ぎず,数秒ののちには消えてしまいます.誰もが音そのものを手のひらの内に閉じ込める事はできません.振動する空気を握りしめてみても,蝶を捕まえたかのように握りしめた手のひらを開いてもかつて蝶だった破片しかそこには残されていません.


消えてなくなるものだからこそ音楽は尊い.何もかもがお金で手に入ると言われても,今日僕が聴いた音楽そのものを,明日世界の誰もがそのままに聴くことはできません.


その場に居合わせた幸運な人の間のみに共有されるのが音楽です.


そういえば,以前に再生音楽(や日本人による外国語詞)なんかもういらないよって日記を書きました.


外国語で愛をささやく不思議:エジソンを成仏させよう - diary in situ


音楽そのものが終わったのではなく,CDの売り上げで食う「音楽ビジネス」の時代が終わったとも書きました.


音楽は終わコン - diary in situ


今更予言だとか主張する気はありません.ただ,僕が偶然にバカバカしく感じたのとタイミングは違えども,いろんな人たちがテクノロジーが発達でそれまで金を払う商品だったものが単なる消費財に過ぎないと気が付いたんじゃないでしょうか?


録音して複製品を売ればビジネスとして実演より儲かるって,音楽家の周りのスーツを着た人たちは浮かれていたけど,そろそろモノを創り出さずに高給を得ている彼らの存在は薄れていくのでしょう.


楽家も,昔のように寝転んでいても金が入ってくるような事はなくなった代わりに,汗水流して演じる事で食い扶持を得る機会が増えてきたんでしょう.


世間では有名でないかもしれないけど,いい音楽を演奏し続けているミュージシャンはたくさんいます.何かの拍子に,そういう音楽に耳を傾けると,いまの音楽も悪くは無いねと思うかもしれませんね.