911Tの思い出



911」のデザイナー死去=独ポルシェ、創業者の孫
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201204/2012040600059


短い逢瀬を愉しんだだけで大口をたたくのも気が退けますが,911に乗ったおかげで運転が変わりました.


免許を取って数年,FF,FRと車に乗ってというよりは,車(とタイヤ)に乗せられて,アクセル踏んずけて,ブレーキ蹴とばして走って,事故で車をつぶして…


その頃は,仕事もどん底(本当の底は,まだまだ先だったのだが…),どうも,いかんのは車ではなくてドライバーなんじゃないかと気が付いて,それじゃあ運転がうまくなる車に乗ろうと思った.ヨーロッパには安価なFRは絶滅し,国産のFRは子どもっぽい見た目にうんざりして,唯一残ったFIAT PANDA4x4で環状八号線沿いを中心に輸入中古車屋ばかりを見て回っていた.

CHEVROLET CORVETTE
いい車ではある,しかし,これは運転の上達に適した車ではない.


LOTUS ELAN(初代)
もう少し安ければいいのに.


Triumph SpitfireやMG B
既にスポーツカーとしての旬を過ぎ,クラシックカーになってしまっている.


Alfaromeo Spider(初代)
同上


Maserati Bi-turbo
練馬にあるマセラティ専門店まで見に行った.買える価格帯の車は皆トルコンATだった…


Caterham Super Seven
新幹線で三島まで行き見に行った.とても魅力的ではあったが,あいにく試乗できる車が無かった.ここで試乗していたらばとも思うが,そういう縁だったのだろう.



その他,ほぼヨーロッパ車に限って関東各地を回った.


埼玉にあった工場そのものの某店にAlpine A110を見に行った.地を這うような…という凡庸な惹句ですら受容するそのスタイリング,軽量,小排気量,トランスミッションが交換されていたのでオリジナル度が低くマニア的な価値は低い,高いけどローンを組めばどうにかなると気持ちは傾いた.店にいた,ジムカーナ帰りのA110オーナーの「それでも限界域で911にはかなわない」との一言が,頭に引っかかった.


そこで,予算オーバーで買えるわけがないので,冷やかしがてらにPANDAで国道246号線沿いの911専門店に行ってみた.


ガレージの奥に商談コーナーかつ応接間のような,バイク屋のような店で,911がどのような車かをこんこんと説かれた.そして,助手席に乗って試乗,はじめて乗る911は,たしか1972年製の911Sだった.その衝撃は,ちょっと説明しがたい.


これまでのアクセル操作の,弱・中・強の三段階くらいだった解像度が,0~99までに拡張された.自分でコントロールできるかは別として.それでも十分だったかはわからない.僕は911を究めてはいない.そのうえ明らかに予算オーバーな車だった.にもかかわらず,帰りの道の横浜でAlpineの店からの電話を受けて,その場でA110を断っていた.そして,年収を上回る,だめもとの自動車ローンが通ってしまった.こうなれば買うしかない.


晴れて,自分のものになった1973年製の911T,Kジェトロという,当時の911ではいちばんぬるい仕様(365BBなんかと同じ)だが,素人にとってはそんな事を論じるほどの違いを認識できるセンサが自分に備わっていなかった.


思い出せる範囲で綴れば,エンジンをかけるにも儀式があり,アクセルペダルを軽くあおり,燃料ポンプを回して,セルモータを回す.盛大な音を立てて2.7リッターにスープアップした空冷6気筒エンジンが目覚める.ハンドスロットルを調整して,アイドリングが落ち着くのを待つ.空冷エンジンなので暖機は不要,クラッチを踏み,シフトレバーでセカンドをなめてからローに入れ,エンジン回転に合わせてアクセルペダルに軽く足を乗せる.そして,やわらかくクラッチペダルを戻して,こつんとプレートがぶつかったのを確かめた上でアクセルペダルの乗せた足のつま先にほんの少しの力を加えて,サイドブレーキをリリース.タイヤが転がったのを確認したら,すぐさまセカンドにシフトアップだ.温まっていないトランスミッションがポルシェシンクロのねばりを一層強く右手に返してくる.車内で聞く音は,イタリア製の車のようなセクシーなものではなく,大型バスか,むしろ洗濯機の脱水層のようだった.


店のツーリングにいき,もてぎで講習を受けて本コースを走った.スリパリーコーナリングと呼ばれる,タイル敷きで水を流してすべりやすくした定常円旋回コースで軽量のRR(1トンほど)がアクセルのオンオフで荷重移動を起こすのを実感した.


過剰な操作を行えば,必ず車の挙動は乱れる.そこには偶然の要素はない.そして,それなりのスピードで走る状況においては,すべての無駄を排した操作がもっとも車を早く走らせる.根性は,物理を超えることはない.いや,正確無比な動作を続けるためにこそ根性が求められるのだろう.すべての動作はドライバーの両手・両足からの動作と,路面と車との間で決まる.電子的な介在は一切ない.これほど明瞭な車は無かった.


おかげで,本コースでは,国際規格のサーキットを走るにしては安全運転に徹してしまったのは,ローンの金額が頭によぎったせいだ.


その後,車は低年式車を酷使したゆえの故障に見舞われ,修理費用を準備していなかった僕は,わずか二年で911を手放した.ローンはたっぷり残っていた.しかし,わずか二年の間の経験はその後の車に対する自分のセンサの解像度を高め,操作も円滑になった.速さの向上は大したことは無かったが.


それからのち,環八の店でユーノス・ロードスターを手に入れたが,すべての操作感が安っぽかったが,重荷をおろしたかのような解放感は心地よかった.その後,ロードスターでも,うっかり挙動を乱して公道でスピンしかけたが,911でつちかった感覚がぎりぎりで事故を回避できた.以降,公道ではいかなる時でも安全運転に徹している.


今日,トヨタの86が発売だそうで,時を超えてスポーツカーは,か細くはなれども健在である事を喜びたいと思います.


時を超えて今なおスポーツカーのメートル原器たる911を作り出した偉大なる先達に感謝を.